「まなざす」ということ

 先日からとても気になっていたことばがある。それは「まなざす」ということばである。友人id:e_mukkuがよく使っていることばであり、最近、色々な多くのブログにおいても目にすることが出てきた。もちろんmukkuの使い方は正しいと思うのだが、全体的に鳥瞰してみると少し意味が一定していないように感じる。「まなざす」とは一体どのようなことなのかを少し考えてみたいと思う。

 通常「まなざす」という動詞的な使い方は辞書では、一般化した定義はなされていない*1。ということは、このことばの元である「眼差し」から位置づける必要がある。

『眼差し』
何かに視線を向ける時の目の様子。
-はてなキーワード『眼差し』より -

 この事から『眼差す』ということばは「何かに視線を向けること」そのものを意味すると考えることができそうだ。しかし、ここで重要なのは「視線を向ける」ということは、主体的に興味を向けることを意味するのか、単に目を向けて観察することを意味するのかを使う上で位置づける必要はあるように感じる。ほとんどの場合は主体的に興味を向けることを「まなざす」と利用しているが、その部分がよく曖昧な表現で利用されているように思う。このような場合は、そのまなざすという行動が、深いものなのか、ただ単に向けるだけのものなのかは、提示しなければならないように感じる。

*文章一部修正。

*1:mukkuからの情報提供で、広辞苑には定義されていたとのこと。感謝。