秘儀に云はく。

 秘儀に云はく。そもそも、一切は陰・陽の和する所の堺を、成就とは知るべし。晝の(氣)は陽氣なり。されば、いかにも静めて能をせんと思ふなり。これ、能のよく出で来る成就の始めなり。これ、面白しと見る心なり。夜はまた陰なれば、いかにも浮き浮きと、やがてよき能をして、人の心花めくは陽なり。これ、夜の陰に、陽氣を和する成就なり。(されば)、陽の氣に陽とし、陰の氣に陰とせば、和する所あるまじければ、成就もあるまじ。成就なくば、何か面白からん。また、晝の内にても、時によりて、何とやらん、座敷も濕りて、淋しきやうならば、これ、陰の時と心得て、沈まぬように心を入れてすべし。晝は、かやうに、時によりて陰氣になることありとも、夜の氣の陽にならん事、左右なくあるまじきなり。座敷を豫て見るとは、これなるべし。
-『風姿花伝世阿弥岩波文庫)風姿花傳第三 問答條々より一部引用 -