ことば

  広報(ピー・アール)の名人だったサー・R・A・フィッシャーが通常の英語から「十分な」(sufficient)、「効率的な」(efficient)、それに「整合的な」(consistent)などという思わせぶりな単語を拾ってこなかったら……、かわりに、推定量のこれらの属性に関して、まったく退屈な専門語を使用したのだったら……、どうなっていただろう。半ばミステリーめいた、半ば期待させるような素敵な専門語ときちんと整った数表が、基礎にある理論とはまったく無関係に、支持を獲得する助けになった。そんな風に考えることは皮肉に過ぎるのだろうか?

クルスカル、一九七八年、九八ページ

ノーベル賞経済学者の大罪"THE VICES OF ECONOMISTS―THE VIRTUES OF THE BOURGEOISIE"/ディアドラ・N・マクロスキー―より