賛否両論・京都版ミシュラン

何故、ミシュランは京都版を企画したのだろうか?東京では、大きく一時的には取り上げられたにしろ、現在のメディアでもさほどミシュランの星数を意識した店舗の紹介は行っていないように感じる。これを賛否を踏まえて、もう一度、京都で再起を図りたいのだろうか?

でも、京都でそれをして、私は良い傾向とはあまり思えない。京都人は基本的に自分自身の好みを分かっていて、他人に評価してもらおうという気はさらさらない。自分の価値基準にあった物を好むことが、ひとつの京都らしさだからだ。それが京都のスタイルといってもいい。その評価に左右されて、なじみさんが離れていくことはある意味のその店の信用を失う事に等しい。私もそうだが、数ある京都人もそのような事で左右されて、失ってしまった店を数多く持っている。また、我々はそのような形で失ってしまうのだろうか?